【第三回】目的化の壁
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本連載コラムでは、日本企業のグループ経営高度化におけるトレジャリー領域の課題と処方箋について、日本CFO協会主任研究委員 伊藤 薫氏による全四回の寄稿コラムをお届けします。
前回(【第二回】銀行依存の壁)では、トレジャリーDXを阻む外部環境として銀行依存の壁を考察しました。多くの企業がTMS導入による可視化実現を目指しています。ただ、可視化だけを目的とした年間数千万円を投じるTMS導入には費用対効果がありません。
今回は、いま本社のリーダーシップに真に求められているものは何かを問い直します。
連載コラムはこちら
第一回 最小公倍数の壁
第二回 銀行依存の壁
第三回 目的化の壁
第四回 全体最適化の壁と解決に向けた施策
本社のリーダーシップ不在が生む“可視化の矛盾”
キャッシュマネジメントDXのご相談で企業を訪問すると、多くの企業がTMS(資金管理システム)導入の第一ステップとして「グループ会社の銀行口座可視化」を挙げる。
背景を聞くと、TMSベンダーが「可視化しないと不正リスクが高まる」という“ホラーストーリー”をCFOなど財務部門の幹部にプレゼンしていることも、検討が始まる一因になっているようだ。
しかし、昨今の朝ドラの台詞ではないが、思わず「はて?」と首をかしげてしまう。
本社はグループ会社に銀行選定や口座開設を一任し、キャッシュプールへの参加も任意にしている。そんなリーダーシップの欠片(かけら)もない本社が、いまさらグループ会社の銀行口座をのぞき見して何をしようというのだろうか。しかもTMSの運用には年間数千万円のコストがかかる。

TMS導入を正当化しようとする“理由探し”の罠
「可視化実現」のための安価で合理的な代替案
そもそも、銀行口座の可視化だけが目的であれば、グループ全体で取引銀行を数行に集中し、その銀行に依頼すれば、銀行ネットワークを通じてグループ会社の口座情報をTMSより安価に収集できる。
実際、グループ全体の銀行口座の6割以上がメインバンク等の数行に集中しているのであれば、これがもっとも合理的な可視化手段である。
TMS導入効果の正当な理由探し
ところが、いったん「TMSを導入したい」という衝動が生まれると、それを正当化する理由探しが始まってしまう。
しかし、TMSによる銀行口座の可視化だけでは、導入の理由付けとなる定量的な効果は生まれない。したがって、可視化の次には、定量的なコスト削減につながる業務効率化を検討せざるを得ない。
ただし、TMS導入が即、業務効率化につながるわけではない。
むしろ、構想した業務効率化を実現するためにTMSが本当に活用できるのか、その適合性こそが重要となる。ここが本社にとって大きなハードルとなる。

可視化専用システムに陥る構造とTMS活用の限界
既存の「安価な銀行アプリ」で事足りる皮肉な現実
現状、本社が運営する国内キャッシュプールは銀行のCMSを利用しており、プール管理、参加会社の資金予測、本社が保有する外貨・円口座への支払い指図も、既存の安価な取引銀行提供のアプリで十分に対応できている。グループ会社は自社の口座情報提供には同意するものの、本社が導入するTMSを自社業務に利用することはない。
つまり、TMSを可視化以外に活用する余地がないのである。
忘れられ、費用だけが残ったシステム(TMS)へ
こうして、本社財務部のごく少数だけがアクセスする“可視化専用システム”が構築される。
数回の人事ローテーションを経ると、導入理由も忘れ去られ、利用者もいなくなり、年間数千万円を垂れ流すだけのシステムが残ってしまう。
システムは導入すること自体が目的ではない。真に価値を生むのは、そのシステムによって「どのような業務改革を成し遂げるか」という明確な設計図だ。
次回予告:
最終回(【第四回】全体最適化の壁と解決に向けた施策)は、トレジャリーに求められる役割追求にむけた高度化検討についてお話したい。
本記事の執筆者

一般社団法人日本CFO協会 主任研究委員 伊藤 薫 氏
【ご略歴】
銀行及び証券会社で、18年ほど市場業務を経験後、ゼネラルエレクトリックに入社。日本に配置されたトレジャリーセンターで、アジアパシフィック地域のトレジャリーオペレーションの統括を13年ほど経験。デロイトトーマツコンサルティングでは、日本企業向けにトレジャリー領域のコンサルティングを展開し、2025年3月末に退社。4月からは、一般社団法人日本CFO協会の主任研究委員として活動を開始。