【CFO思考】経費精算は「事務」ではない。日本企業の生産性を下げる“見えない鎖”の正体
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※本記事は2025年12月にNewsPicksに掲載された記事になります。
月末、日本中のオフィスで繰り返されている光景がある。営業のエースも、多忙なマネージャーも本来業務の手を止めて、領収書の山と格闘する。 電子帳簿保存法(電帳法)対応でデジタル化は進んだ。にもかかわらず、なぜこの「儀式」は消えないのか。 「たかが1人5分でも、1万回積み重なれば巨大な経営課題になる」。戦略コンサルやCFOとして企業の内側を見てきたWACUL(ワカル)取締役竹本祐也氏は、多くの経営者が見落とす“盲点”を指摘する。 一方、電通総研が進めるのは、単なる入力自動化ではない。経費精算・会計基盤『Ci*X(サイクロス)』へのAI実装により、「1社員に1人の秘書」がつく世界だ。見据えるのは、申請から精算まで、AIエージェントが自律的に判断をつなぐ未来である。 この構想は日本企業の生産性と意思決定をどう変え得るのか。竹本氏と電通総研の開発陣との対話から、経費精算×AIの可能性を追う。
“月末の憂鬱”は経営課題だ
本来であれば集中したい業務があるのに、経費精算にまつわる細かな処理が割り込み、仕事のリズムがじわりと乱れていく。
月末特有のあの感覚に覚えのあるビジネスパーソンは多いだろう。
しかし、問題の本質は「月末の忙しさ」ではない。
WACUL取締役の竹本祐也氏は、投資銀行、戦略コンサル、CFOとして現場を見てきた経験から、日本企業特有の構造的欠陥を指摘する。
「多くの日本企業は、請求書の発行や検収書の回収も含め、経費精算が月末・月初に偏りがち。本来なら『攻め』に集中すべきタイミングで、例外処理や確認作業が重なる。
問題は繁閑差だけではありません。この偏りが、組織としての最適な人員計画そのものを歪めているのです」(竹本氏)

一方、電通総研で経費精算・会計領域の基盤プロダクト『Ci*X(サイクロス)』シリーズのマーケティングを担当する鈴木大哉氏は、ユーザー企業のリアルを語る。
「電帳法・インボイス制度の開始で、多くの企業が急いでシステム化に踏み切りました。しかし、十分に刷新できた企業ばかりではありません。
既存システムの応急処置で乗り切ったケースも多く、改めて『本当に効率化できているのか』という見直しが進んでいるのが現状です。
経費精算は全従業員が使う仕組みで、使い勝手の悪さはボトルネックに直結するもの。だからこそ今、抜本的に見直したいという相談が増えているのです」(鈴木氏)

デジタル化を目指したはずなのに、なぜか効率化に至らない。背景の1つには、日本企業の経費精算に「例外」や「暗黙のルール」が多いことが挙げられる。
「『どの申請コードを選ぶべきか』『レートはどれ』といった細かな確認作業は、毎日のように発生します。
社内規程に書いてあったとしても、運用が複雑すぎて結局は誰かに聞くしかない。いわば新しい判断負荷を生んでしまったのです」(鈴木氏)
竹本氏も、承認フローの属人化を危険視する。
「ルールが複雑だったり明文化されていないままだと、『あの人に聞かないと分からない』という、いち社員の判断が前提になってしまう。これではミスも起きやすいし、組織としての判断基準も揺らいでしまうでしょう」(竹本氏)
月末への負荷集中、例外処理の増大、そして判断の属人化。こうした連鎖により、企業が本来掛けるべきリソースを静かに奪っていくのだ。

なぜ料金体系が「働き方」を変えるのか
なぜ、デジタル化してもなお、「アナログな判断」が残り続けるのか。
日本企業では、部署・職位・グループ会社ごとに微妙に異なるルールが重なり、標準的なSaaSでは吸収しきれない例外が生まれやすいからだ。
経費精算DXの成否は、この複雑性をどう扱えるかにかかっている。
Ci*Xシリーズの開発を統括する近藤洋介氏は、その厄介さをこう語る。
「部署ごとに必須項目が違ったり、出張規定が地域・職位・案件で変わったり。日本の大手企業では頻繁に見られる光景ですが、標準化されたSaaSではこういった個別の条件分岐に対応しきれないケースが多くあります」(近藤氏)

こうした複雑性に応えるカギが、Ci*Xのグループ経費精算システム『Ci*X Expense』にある。
同システムはオンプレミスを基盤にした拡張型設計を採用しており、クラウド型の標準SaaSとは対極にある柔軟性を持つ。
「大手企業特有のルールや前提条件に合わせて、システムを細かく調整できる。この柔軟性が現場のストレスを大きく減らすため、グループ企業への展開もしやすいのが特長です」(鈴木氏)

しかし、こうした複雑性に耐える基盤だけでは足りない。さらに、ユーザーの経費精算のサイクルを変える行動設計が必要だ。ここで意味をもつのが、Ci*Xの「ユーザー数課金」モデルである。
一般的な「申請数課金」モデルは、申請数を極力少なくし、まとめて出すほうが経費精算申請のコストを抑えられる、という思想に立っている。結果として、月末に申請と承認が集中してしまう。
対してCi*Xの「ユーザー数課金」モデルは、SaaSが苦手な領域にも対応できる設計思想になっている。
Ci*X は都度申請が可能なため、申請者はスキマ時間で経費精算処理ができる。そのため、雑務を月末までためることなく、自身の業務への影響もない。
さらに、オンプレミスであるため、システムのバージョンアップもユーザーの任意のタイミングで行うことが可能だ。

竹本氏は、この設計がガバナンスの観点からも重要だと指摘する。
「申請数課金だと、会社は社員に『月末にまとめて処理』を推奨することになる。すると月末には『これは何の支出だったか』と記憶も曖昧になる。
対して、ユーザー数課金で都度申請が定着すれば領収書の紛失リスクが減り、上司は内容の記憶が鮮明なうちに承認でき、経理も平時に処理できる。
結果として全員が楽になり、統制も効きやすくなる。単なる効率化ではなく、企業のリスク管理そのものが変わるということです」(竹本氏)

とはいえ、都度申請が増えれば、承認者の負担はむしろ増えるのではないか。
竹本氏は、この懸念に対してこう答える。
「確かに件数は増えます。しかし、承認の『質』が変わる。月末にまとめて100件を機械的に承認するより、日々5件ずつ丁寧に確認するほうが、実は承認者の負荷は低い。何より、不正や誤りを見逃すリスクが激減します」
AIは“秘書”になれるのか
経費精算システムはこれまで、「入力をいかに効率化するか」を主戦場としてきた。
しかし電通総研は、経費精算そのものを、AIエージェントに置き換えることを見据えている。
「これは単なる自動化ではない」──。Ci*X製品の開発をリードする米久保剛氏は、その必然性をこう語る。
「経費精算は多くの社員が使用するため、業務の総量が大きく、AI活用のレバレッジが効く領域です。会計や法制度、社内規程に詳しくない従業員は入力に迷ったり、ミスをしたりしがちですが、AIが学習した知識を活用することで、大きな改善効果が見込まれます」(米久保氏)

では、具体的にどう実現するのか。米久保氏が挙げるのは3つの技術要素だ。
- LLM(大規模言語モデル):ユーザーの意図を理解する「頭脳」
- RAG(情報検索):社内規程やマニュアルを参照する「記憶」
- MCP(共通プロトコル):複数のアプリを操作する「道具」
「これまで人間が、マニュアルをめくり、ブラウザを操作し、自分の頭で考えて行ってきた一連の動作を、AIがワンストップで引き受ける。ここ数年で、その周辺技術が一気に整ってきました」(米久保氏)


『Ci*X Expense』のAIエージェントが最初に担うのは、ユーザーが判断に悩む箇所を減らすことだ。
そして、AIを活用した申請内容の下書き、規程チェック、FAQ参照、検索といった機能は、まさに実装を見据えて開発が進んでいる段階だ。実現すれば「5つのレス」につながるという。

竹本氏は一連のAI実装の中で、最も手前にある「承認支援」を最も評価する。
「承認は本来リスクを伴う行為なのに、件数が多いと承認者は“ハンコ押しマシーン”になりがち。
AIが『要注意』あるいは『問題なし』を仕分けてくれれば、承認者は特に注意すべき案件に集中でき、エラーも減る。それは統制の質を上げることに直結します。
まずここが変わるだけで、組織運営は一気に楽になるはずです」(竹本氏)

近藤氏は、竹本氏の指摘を受けて、実装の優先順位を説明する。
「最初のステップは『承認支援』です。AIが申請内容を事前チェックし、リスクの高低を判定する。
次に『申請支援』。ユーザーがチャットで『○日に出張したい』と伝えるだけで、AIが旅程を組み、必要な事前申請を生成し、規程に照らしてチェックする。
最終的には、カレンダーに予定を入れるだけで、交通系ICのデータと突き合わせて精算の下書きが生成される。そんな世界を目指しています」(近藤氏)

複数のAIエージェントがMCPを介して連携し、必要な処理を自律的に進める──。Ci*Xの目指す、長期的な到達点だ。
この変化は、単なる自動化ではない。
業務間に散らばっていた判断が、AIエージェントにより一本の流れとなって接続されることで、経費精算がこれまで以上に精度が高くさらに効率化される。経費精算は組織全体のデータ品質と判断速度を底上げする“経営改革の入口”としても再定義されていくのだ。

経費精算DXで「攻め」の経営へ
AIによって判断の流れが再編されつつある今、経費精算は経営を底上げする重要な起点へと変わり始めている。
「経費精算の非効率は、1つ1つは小さく見えても、組織全体では大きなロスになります。社員が毎日5分迷うだけでも、数千人規模の企業では年間で膨大な時間が失われる。
個々の社員の負荷ではなく“会社全体の時間”として捉えるべきテーマであり、投資だと考えるべきです」(竹本氏)

「積み重なった時間」は、単なる人件費の話にとどまらない。月末の集中や差し戻しの多発は、会計や財務の側で発生する前処理の負荷にも波及し、月次や決算の精度にも影響する。
「経費精算による繁閑差を抑えられれば、外注費やシステム維持費も減り、組織全体の余白が生まれます。営業は本来の業務に時間を使え、コーポレートは筋肉質になる。浮いた時間や整ったデータが次の“攻め”につながるのです」(竹本氏)

こうした“攻め”の視点は、電通総研がCi*Xシリーズで目指す方向性とも重なる。
「経費精算は、会計データが最初に生まれる“入口”。ここがAIで滑らかになると、月次の早期化、着地の精度、内部統制の透明性向上にもつながるでしょう。
今後は、蓄積されたデータをどう経営に活かすかという視点で、Ci*Xシリーズはお客さまの意思決定を一段進める『ビジネス基盤』として届けられると考えています」(米久保氏)
電通総研のCi*Xシリーズは、経費精算システム「Ci*X Expense」のほか、財務会計システムの「Ci*X Financials」や資金管理システム「Ci*X Treasury」、汎用ワークフローシステム「Ci*X Workflow」、仕訳連携システム「Ci*X Journalizer」などグループ経営に必要な会計基盤を一貫して提供している。

さらに今後は、各製品がCi*X AIプラットフォームに対応していく計画だ。経費精算から始まったAI活用は、グループ会計全体へと広がっていく。

経費精算DXは、単なる業務効率化ではない。企業の意思決定のサイクルを早め、会計の透明性を引き上げ、攻めの経営へと転換させる“経営テーマ”になり得るのだ。
一見地味に見える領域から、企業の未来をアップデートする動きが確かに広がっている。
