サステナビリティとESGの違い―経理・財務部門が整備すべき「非財務情報」の基盤
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執筆者:寺村 航(東京みなと会計合同会社 代表社員 公認会計士 税理士)
2025年3月、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が日本版サステナビリティ開示基準を確定させました。金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループでは、プライム市場の時価総額上位企業から段階的に有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示を義務付ける方向で検討が進んでおり、これまでサステナビリティ推進部門や経営企画、広報が中心となって担ってきた非財務情報の開示が、財務情報と並ぶ法定開示の枠組みに取り込まれつつあります。
サステナビリティ、ESG、SSBJ、IFRS S1/S2――。こういった専門用語だけが先行し、それぞれが何を指し、自社の経理にどう関わるのかが整理されないまま、対応の検討が始まってはいないでしょうか。本稿ではこれらの用語を整理したうえで、開示制度の動向と、経理・財務部門が押さえておくべき論点を解説します。
サステナビリティとは
サステナビリティ(Sustainability)は「持続可能性」と訳され、企業や社会が中長期的に存続し、価値を生み続けられる状態を指す広い概念です。気候変動、人権、サプライチェーン、ガバナンスなどを含み、SDGs(持続可能な開発目標)やパリ協定が掲げる目標と地続きの議論として語られます。経営戦略の文脈では「サステナビリティ経営」、開示制度の文脈では「サステナビリティ情報開示」といった形で使われ、いずれも企業の長期的な存続可能性を測る視点を表しています。
ESGとは
ESGはEnvironmental(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字で、2006年に国連責任投資原則(PRI)が提唱したのが起点です。もともとは投資家が企業を評価する際の非財務的な視点として位置づけられたもので、気候変動対応、人権配慮、取締役会の独立性といった項目を、投資判断や株主との対話の場面で参照する枠組みとして広がりました。「ESG投資」「ESG評価」といった表現に代表されるとおり、主に投資家からの呼び方が定着している言葉です。
サステナビリティとESGの違い
両者は重なる部分が多く、文脈次第で互換的に使われがちですが、整理すると違いが見えてきます。サステナビリティは企業や社会のあるべき姿を示す上位概念であり、ESGはそれを投資家視点で分解した評価軸です。開示制度の枠組みでは「サステナビリティ情報」が大きな枠を担い、その内訳として環境・社会・ガバナンスの各テーマが整理される、という関係になります。経理・財務部門の実務では、どちらの言葉が出てきても、最終的に「何を、どの粒度で、いつまでに開示するのか」を制度に当てはめて確認することが肝要です。
SSBJとIFRS:サステナビリティ開示基準の動向
サステナビリティ開示を巡る最大の論点は、開示が任意の取り組みから「制度として求められる」段階に移っていることです。
国際的な動きとしては、IFRS財団傘下のISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が2023年6月に、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」とIFRS S2号「気候関連開示」を公表しました。S1号は組織の見通しに重要な影響を及ぼすサステナビリティ関連のリスクと機会を網羅的に開示することを求め、S2号は気候関連リスクとScope1・2・3の温室効果ガス(GHG)排出量の開示を要求しています。財務諸表との同時開示、連結ベースでの報告、第三者保証への対応―いずれも財務会計との関連が強い要求事項であり、グループ全体での管理が前提となります。
国内では、SSBJが2025年3月に、ISSBの基準と整合する形で日本版サステナビリティ開示基準を確定させました。金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループでは、プライム市場の時価総額上位企業から段階的に有価証券報告書での開示を義務付ける方向で検討が進んでおり、対象企業にとっては、決算プロセスと並ぶ新たな開示業務が加わることになります(*1)。
| 区分 | 定義 | 主な対象例 |
|---|---|---|
| Scope1 | 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出 | 自社工場・オフィスでの燃料燃焼、社用車のガソリン使用など |
| Scope2 | 他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出 | 購入電力、購入熱・蒸気の使用 |
| Scope3 | Scope1・2以外の事業活動に関連する間接排出。 サプライチェーンを15のカテゴリで定義 |
原材料の調達、輸送・配送、出張・通勤、販売した製品の使用・廃棄など |
実務上のインパクトとして特に大きいのは、開示範囲の拡張と保証への対応です。これまでScope1・2に限定して開示してきた企業も、Scope3まで対象が広がり、サプライチェーン全体の排出量を把握する必要が生じます。連結子会社単独ではなく、グループ全体の集計が前提となるため、海外子会社を含む拠点からのデータ収集体制を整える必要があります。また、有報の提出時期に合わせた同時開示が求められるため、決算後の作業スケジュールも前倒しになります。
経理部門視点でのサステナビリティ開示基準の重要性
サステナビリティ情報の開示は、これまでサステナビリティ推進室や経営企画、広報といった部署が中心となって担ってきました。なぜいま、経理部門がここに正面から向き合う必要があるのでしょうか。理由は3つあります。
①開示の場所は有価証券報告書
有報は金商法上の法定開示書類であり、記載内容には経営者の確認責任が伴います。財務情報と同じ媒体に並ぶ以上、品質管理の水準も財務情報と同等になります。これまで広報的なリリースとして位置づけてきた数値や定性情報を内部統制の対象として整えることが求められます。
②報告範囲は連結ベース
GHG排出量を例にとれば、Scope1(自社直接排出)、Scope2(電力等の間接排出)、Scope3(サプライチェーン全体)まで、連結子会社を含むグループ横断でのデータ収集が求められます。連結決算で各社からデータを集約する業務を構築してきた経理部門の知見と基盤は、サステナビリティ情報の収集にも転用が可能です。
③財務諸表との同時開示と第三者保証への対応
サステナビリティ情報の保証基準はIAASB(国際監査・保証基準審議会)で整備が進んでおり、将来的には監査と同水準の保証が想定されています。決算と同じスケジュールで、同じレベルの統制を効かせた情報を出すためには、データ収集、承認フロー、証跡管理を仕組みとして担保しなければなりません。これは経理部門が日常的に担っている内部統制の延長線にある業務です。
サステナビリティ情報開示に向けて整備すべきこと
経理部門としてサステナビリティ情報開示に向き合う際、押さえるべきポイントを3つに整理することができます。
1点目は、データ収集の一元化です。環境データを環境部門、人的資本データを人事部門、ガバナンスデータをコーポレート部門が個別のExcelやシステムで管理している状態では、開示の都度に突合作業が発生し、第三者保証にも耐えられません。連結決算と同じ発想で、グループ各社からの収集の仕組みやマスタを一本化することが第一歩です。
2点目は、財務情報との整合性確保です。連結範囲、組織コード、為替レート―いずれもサステナビリティ情報と財務情報で前提を揃える必要があります。同じマスタ、同じグループ会社情報を共有できる基盤を持っておくと、後工程の負荷が大きく変わります。
3点目は、保証を意識した内部統制の整備です。誰が入力し、誰が承認したかの証跡を残すこと、エラーチェックを組み込むこと、変更履歴を追えること。財務報告に係る内部統制(J-SOX)で培ってきた発想を、非財務領域にも適用していくことになります。これらの整備を一気に行うのは現実的ではないため、〈情報収集の一元化 → マスタ統合 → 内部統制の整備 → 第三者保証への対応〉という段階を踏んで、計画的に進めていくことが求められます。
まとめ
サステナビリティもESGも、企業の長期的な価値創造に関わる概念として、近年ますます重みを増しています。これからは、こうした非財務情報を「数値化し、開示し、保証に耐える品質を担保する」という、これまで財務情報に対して経理部門が担ってきた業務について、領域を広げて取り組んでいくことになります。SSBJ基準や有報開示義務化のタイミングが迫るなか、自社の現在地を見極め、データ基盤と内部統制を段階的に整えることが、結果として最短経路になります。

